東向日記

東向の窓から始まる1日

包丁LOVERS

割と本気で、趣味はお料理かもしれない。

いや、お料理好きなんですよ。

美味しいものができて、美味しく食べるのが好きなんですよね。とはいえ、レシピの研究はそんなにしないし、なんならお気に入りの料理家さんのレシピそのまま作るし、それで趣味とか言える?レベルです。調味料の量の調整はするけど。

でも、やっぱりお台所に立つのは大好きだし、代えがたい時間!

さて、そんな私ですが、独身を拗らせてくると、調理器具に凝りだすというのはお約束であります。

そんなミーハーの私が3年前に購入した愛用の有次さんの菜切包丁をいま研ぎに京都に出してまして(年1くらいで出してますね)

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↑特製の菜切包丁さん

いま家に包丁がサブ機のステンレス菜切(上京時に母が持たせてくれた)と、出刃庖丁(これまた母からの貰い物)しかなく。サブ機のステンレス菜切もしばらく研いでないので大変切れ味が悪い。しかし、有次が戻ってくるまでは耐えねばならぬ。

モヤモヤとしながら切れぬ包丁では、料理を作るのも億劫になる私。

そんな中、所用で大阪に行く機会がやってきました。

大阪といえば、梅田の阪急には有次が入っているなぁ。今や関東では買えない京都有次。

京都に行く時間はないけど、うめ阪なら行ける。

もし、大阪で良いことが起きたら、記念に包丁を買いたい。と、思っていたのです。

後味はそんなに良くなかったのですが、大阪でとても良いことがありまして、これは記念に有次で包丁買う。買わねば!という結論に至りました笑

欲しかったんだから、つべこべ言わずに買えば良いのですが、人間は弱い生き物なので、なにかの記念とか言い訳が欲しくなるものです。

応援するチームの連覇に背中を押され、清水の舞台から飛び降りる気持ちでとうとう買いました、有次の上製の三徳包丁!

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それがまた、切れるのなんの。。。

あぁ、菜切帰ってきても、もしかしたら貴方が私の相棒になるかもしれないと思うくらいには。

菜切は、上製なくて特製を買って愛用してたのだけど、上製と特製の違いなのか、三徳が菜切に比べて錆びにくい。

菜切は玉ねぎなんて切って放置したらすぐ錆びる。

放置っても、ほんの数分でも。

なんとなく上製の三徳は持ち堪える。

もし、上製と特製の違いなんだったら菜切も上製にすればよかった。

もちろん、すぐ流すし拭くのは気をつけてるけど。

三徳は鶏肉も皮ごとさっくり切れる。

こ、これは三徳一本で行けるんじゃ。

三徳と出刃があれば行けるんじゃん!

なんて、思っているのだけど、菜切が来月帰ってきたらまたそれはそれで、愛してやまないのだと思う。

ラグジュアリーブランドのバッグも財布も欲しいけれど、そんなもんより今年は包丁が欲しかった。

今年は、ご飯もちゃんと作っていたし(繁忙期は死んでたので、スーパーの鳥のささみスティック揚げとビールばっかだったけど) 食べることは生きることー♪っていう、一年だったからかもしれない。

食器も、調理器具も、良いものを揃えていきたいなぁと思う今日この頃です。不惑が近いですからね。

自分の気に入ったものに囲まれて暮らしたいのですよね。

調理器具といえば先日、無印良品週間でも台所用品買い漁りました。

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プラスチックの100均のボウルが使い勝手が良い大きさでずっと使ってたんだけど、先日うっかり熱いフライパンで溶かしてしまい、意を決して100均卒業。

ガラスでもよかったんだけど、重いしね。

無印良品のボウルは底が広めで使いやすい!今回は小を購入。これがとても良かったので、次回の無印良品週間で買い足したい。

バットもバットって便利だね。すごく便利!今まで買わなかった自分を責めたい。今回は小を買ったので、大きいのも欲しい。ぜひ欲しい。

シリコンのジャムスプーンも、ものすごい勢いで便利。これも二本あってもいいかもしれない。

そして、水出汁を始めようと買った冷水筒。

茅乃舎からの卒業をできるのか!できないのか!

乞うご期待。

そんな私が次に狙うは、木のまな板です。

 

 

 

 

 

 

大人の指輪問題

私はいま、自分で買ったティファニーのシルバーのリングを四六時中つけている。

料理するときも風呂も掃除も一緒にしている。

昨年末に中指を骨折して第二関節が肥大してるので、取るの大変って話もあるんだけど(色気なし)最早つけてないと落ち着かない。

さて、私も良いお歳になりまして、いつまでもシルバーてねぇ?などと考えている。

やがてくる大台にはプラチナで、仕事中してても邪魔にならないシンプルなデザインで奮発したい。

探すと、シンプルなものはブライダルしか出てこないっていうね。

なんでやねん。

シルバーはあるけど、プラチナってそういうもんなのかな。

絶賛、探し中。

シルバーなら欲しいのたくさん見たかったんだけどね。

もう、ネックレスかブレスレットに宗旨替えしようかな。と考えるレベル。

それでもやはり指輪というのは、なんだか私に残る微かな女心を刺激する。

無論、買ってくれる誰かが現れるのも微かに期待はする。

違う♪そぅじゃなぁい♪(古)

あくまで、自分への勲章は自分で買いたい。

それだけである。

 

思えば人に頼るというということが、苦手すぎるし、我慢することが割と得意だ。自分が努力や我慢をしてどうにかなるのであれば、頑張る。

そこを、人に頼ることは私の存在価値がなくなるような恐怖感がある。

自己肯定が低すぎるのかもしれない。

褒められたいし、認められたいけど、それを人に求めるのは違う。

そう思うから、私はプラチナの指輪が欲しい。

少しは自分を認めてあげなよ。

根底にある、傷つくくらないなら手放す癖を抑える指輪が欲しい。

そんな魔法の指輪はない。

わかっているけど、少しでも手元を見るたびに勇気をくれる何かが欲しい。 

 

しかし

結婚指輪の片割れを買う勇気はまだない。

だれか、ステキなシンプルなプラチナの指輪紹介してください!

 

 

 

 

 

好きなタイプは?

不肖璃波、この夏仕事で異動がありましてね。

新しい人間関係の中で働いてるんですがね。

ま、あるじゃないですか、儀礼的なお話が。

好きなタイプですよ。

えぇ、芸能人ならワタクシ、瀬戸康史田中圭、オードリー若林ですよ。カワウソ系ですよ。カワウソ!なんならカワウソが好きです。

サッカー選手はまた、選手として好き的なものも絡んでくるので微妙ですが、小動物系か極薄塩系ですよ。ええ。カワウソなんだってば。

顔ならね!という話です。もちろん、福士蒼汰とか岩ちゃんとか、正統派美人さんも好きですよ、えぇ。でも、ああいうのはみんな好きでしょ←

顔だけなら楽なんですよ。フェチ的なところだと手フェチなので手の綺麗な人大好きですよ!ええ。

細くて指長くてしゅとしてるやつ。

さて、外見で終わらないのが、怖いところですよね。

一言に凝縮するの難しくないですか。

価値観の合う人。

本当はこれに尽きるんですけど、あなたの価値観とはなんなのですか?ということが説明しきれていないため、モヤるのです。

単なる世間話なのでいいのですが、バシッと決めなきゃいけないとき(どんなときだ)どう言うかですよ。

 

基本ほっといて適度に構ってくれる人。

(なんか、わがままそうだよね)

 

私の価値観に干渉してこない人

(一緒にいる意味と言われました←)

 

一緒にいて楽しい人

(当たり前です)

 

四六時中一緒にいても苦にならない人

(無理)

 

自分の世界を持ってる人

(持たれすぎても困るが、私も持ちすぎてるという噂)

 

どれもしっくりこなくて、最近は、一人でいることを認めてくれる人。って言ってますね←

 

あとはね、これずーっとこの日記に書いてる気がするけど、一所懸命を笑わない人。

世の中、一所懸命やることをダセェとか笑う人多いじゃないですか。

あれ、オメェがダセェよ。なんにもやってねぇんだろうがよ!って思うわけです。

全力少年ですよ。

失敗上等で何にでもチャレンジするべきです。

やりたいことやるべきです。 

飽くなき向上心です。

ま、もちろん??社会人なかなか全力少年でいることは難しい場合もたくさんありますけどね。

 

とりあえず、日経のクロスワード楽しい人がいいです。(なんだそれ)

 

 

 

 

 

オトナたちとは

先日、Apple Musicにハマってんのよね、なんて日記書いたのだけど、その流れで初めて欅坂46を聞いた。

サイレントマジョリティーという曲である。

ああ、若者はこの歌詞がグッとくるであろうな。

そう思わせる歌詞だった。

夢を見ろ、表現をしろ、そういうことで孤独になったとしても、生まれた以上は好きなように生きろ。的な内容である。

かくいう、オトナであろう私もちょっと、ぅっ。と呻き声をあげたくなった。

歌詞の中で、オトナたちに支配されるな、君は君らしく生きる自由があると高らかに歌われる。

私は年齢的にはオトナだ。

そんな私もウッと呻いたわけだから、私もオトナに自由に生きることを奪われていると感じているのかもしれない。

それと同時に、若者を支配しているのかもしれない。後輩や部下(部下に年下はいないのていいのですがね) をつまらないオトナにしているのかもしれない。

なんとなく、そう思うとオトナ側から曲を聴いてしまう。

歌詞の内容に反論することはないのだけれど、夢を叶えるために孤独になる強さってなかなかのもんだよな。と、前回の日記に引き続き思うわけで。

この歌詞に力をもらった若者も、普通に就職をする人がほとんどで、その中で並の人生なんてもんに埋もれていき、それをまた若い人に継承していくのだろう。そんな並の人生の半ばにいるから、なんだかそんなこともあったなぁなんてメランコリックな気持ちになるのかもなぁ。

 

さて、そんな私はワンアップを狙って、オトナな雑誌、角川短歌に手を出した。パラパラ読み始めている。

面白いけど、小説の何倍も読むのに時間かかる。。一首ずつ噛み砕いていく作業が。

割と若い人の歌の方が好きだなぁ。と思いながら読んでいる。

もちろんベテランの、あぁ。。って染み入るような感じも好きなんですけど、うぉおおおおお!この視点んんん!!!っていうのが好きな私。

やっぱ、穂村弘の歌集の一つくらい買おうかな。

エッセイももう少し読みたいなぁ。

視点が好きすぎる。

穂村さんみたいなオトナになりたい。

角川短歌読んでて、割となんか自分の中で方向性みたいなのがぼんやりと出てきたので、もう少し毎月読んでみようかな、なんて。

穂村さんのってどの雑誌で読めるんだろ?

そして、やっぱ古今和歌集も読み直そうかな。

私の大元はやっぱり古今和歌集で、貫之集と躬恒集である。

大学時代に無理をして、古今集の選者の家集を四つ合わせて売ってる神本買っておいてよかった。

 

そういえば、上司が世間話をしていて、同僚の若者が、友達と好きな本の交換をしている。という話を聞いた。なんか、良いなぁそれ。

エロい。

この上なくエロい。

自分の精神性を交換するのだから、エロいなーと思った。貸すのではない。交換するのだ。

本棚に、他人の精神性をもった本が入る。

エロい。

 

うん。汗と雨に濡れた家長昭博くらい、エロい。

 

本人とこの話をする機会を得たなら、エロすぎると褒めたいと思う。

 

ちなみに、私が贈るとしたら、いまは

穂村弘 蚊がいる にするかな。

でも、あげる人選びます、これあげる人は、前回のエントリーに書いたみたいな、璃波さんを笑わない人だけだな。

 

合わなそうな人には万城目学渡します。

作品は、人によるな。

ちなみに私が一番好きな万城目学作品は、偉大なるしゅららぼんです。

 

では、今日はこのへんで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自信と名前と才能と

璃波なんて名乗ってますが、本名近いですけど偽名です。

ただ、本名で書く気などさらさらないわけです。

本名で、こっぱずかしいことも、正論も、間違ったことも書けるほど、私はオトナではないのです。

それでも、何か表現をしたいから書くのですが、こっぱずかしいぶった日記も、本名でリアルな知り合いの見る場で書けるかと言ったら書けないのである。どう見られるか。が自分に直結することは、自分を削ることになるからだ。

璃波はそのへんは無関係だから、好き勝手書くことができる。無責任に近い。

短歌を詠むのも、璃波が本名の私と一緒に詠んでいるようなものだ。しかし、たぶん本名の私が詠むとつまらないものになる気がしている。どう見られるかを必要以上に考えてしまうから。

ぶって詠むのも大事なのである。脱皮をする日が来るかもしれないけど、今はそれが大事な気がしている。

 

知り合いに、オシャレな写真にオシャレな言葉を添える人がいる。言葉も綺麗で素敵な表現だ。

食べるものも、自信に満ちている。

その人は仕事のできる人だ。

そして、自分の美意識や好きなもの大手を振って表現できる人だ。

わたしは、自分に自信が無く、そこの部分は璃波に頼っている。

そして、リアルな知り合いには璃波をひた隠しにしている。

短歌なんて。

そんなもの。

そんな言葉を遮るほど強くないし、そんな実力もない。だから、ひっそりとひっそりと詠む。

ブログも、ひっそりとひっそりと書く。

好きなものに自信がない持たないということは、自分に自信を持っていないということだ。

それでも書く意味とはなんなのか。

それでも詠む意味はなんなのか。

 

 

話は変わるが、わたしは自転車に乗るのが趣味だ。

自転車の走行ログをアプリにつけている。

知り合いたちに公開すると、すごいね!をつけてくれる。

すごいね!は字面通りの意味ではない。

遅いしね。

それでも、走行ログをつけているときは、速く走ろうとする。頑張るのだ。

つけてないときは、のんびりだらりんと自転車に乗る。ほんとは、その方が楽でいいのだ。

でも、100km走ったよ!とかここに自転車で行ったよ!それを自慢したいのだからクソ面倒な私は走行ログをとる。この坂で自己記録更新!とか見てニヤニヤしている。

人に見てもらうということが、頑張ることにつながることを知ってるということなんだろうと思う。

 

紀貫之という歌人がいる。

私は紀貫之が大好きである。

あのこれみよがしな技巧派の歌がわたしは好きだ。

在原業平のような、華やかなバラを背負ったような歌はあまりないが、超絶技巧な感じがする。

リスト的なやつである。

そんな、愛しの貫之兄さんが書いたと言われる土佐日記

男もすなる日記といふものを女もしてみむとてするなり。

貫之兄さんも女に仮託して、ひらがなで自分の言葉を残して、後世に多大な影響を与える日記文学を確立したのであるから、わたしも璃波さんに仮託して書いてみむとてするなり。

本名で書ける程の、自信がつくまでは。

本名で素直になれるほど、強くなれるまでは。

本名で詠めるほど、上手くなるまでは。

カッコつけることが、カッコつくまでは。

 

そして、璃波ともお友達になれるお友達もたまにいるのだけど、その人たちはやっぱり表現することをバカにしない人なのである。

わたしも表現をする人が大好きなので、そうありたいなぁと思う今日この頃なのです。

 

 

 

 

 

 

BBA化を止めろ

気がつけば、WALKMANには中高のころから聴いてる曲が多く、新しい曲を入れるのが億劫になっていたのである。

中高のころ、あんなに見ていた音楽番組も今はMステくらいしか知らないし、仕事で見ることはほとんどない。

誰が流行ってるのか、ドラマの主題歌で知る程度だ。そもそもドラマも1クール1本程度しか見ないしね。

米津玄師。名前の正しい読み方を知らない程度。

Lemonはめっちゃ刺さったけどな!めっちゃリピートしたけどな!

大人はなぜこんなにも世に流れる新曲を聞こうとしないのか。なんて、子供の頃はそう思っていたのに。そんな大人になってますね!

 

 

そんな私は昨日、休みなのに早起きしちゃって、しとしとと降る雨だし、暇で本棚の整理をした。

思い立ったのは、フルポン村上の先日のプレバトの俳句のせいである。

【作家別に 揃え直して 夜は長し】

わかるなぁ、わかるよ。

なんともしみじみと本棚を眺めましたよ。

最近のどハマり穂村弘の本たちを本棚のどこに納めるのか。

本棚なんて、もうね、神棚みたいなもんだから。

自分の精神性みたいなものを丸裸にされる気がする。本棚見られるの恥ずかしくないですか?

一つ一つについて語れるほどはみんな好きな本です。でもまとまると、ああこの人の嗜好こういうのね。みたいな。なんか、性癖バラされるみたいな恥ずかしさがある。他人に見せるものではないのでいいんだけど。 

というわけで、揃え直して、46冊を売りに出したわけだ。ブックオフ46。620円になりました。

時代小説ばっかり読んでた時期が長かったんです。

あんまり引きずられないから。舞台が自分と重ならないから、物語に引きずられない。

最近、少しずついろんなパターンに手を出せるようになってきました。

引きずらなくなってきた。

 

それはさておき、読んだ本というものは、少なからず自分を作っているんだと思う。

 

本棚に空きを作る。

 

しばらくしてこなかったインプットをする時期が来たような気がした。

そんな気になったなんて、何かあるに違いない。

自分で本棚を整理しといて、なんですが。

いや、村上の俳句がきっかけなんですが。

それが琴線に触れるということは、やっぱなんかあるんだよね。きっと。

偶然はない。必然だけだとしたら。

 

そのBGMに、件のWALKMANで昔馴染みの音楽を流していたのだけど、なんか違うな。

と、思ってこの前美容院に行ったときのこと思い出した。

担当美容師くんは、ツタヤとかでレンタルしたり配信買ったりしてWALKMANで聴いてるという話をしたら、びっくりしていた。

Apple Musicいいっすよー。と言ってたっけな。

清水の舞台から飛び降りて(大袈裟)Apple Music加入。

そこから、怒涛のApple Music天国である。

知らないアーティストの曲が、次から次へと入ってくる。

たまらない。

こんな音楽が楽しいのは久しぶり。

定額聴き放題これは音楽の聴き方を変えるんだな。

AIが私の傾向を探ってきっと今後名案を提示してくるに違いない。

とりあえず、あいみょんのイメージが違いすぎたし、きのこ帝国聴きながら寝るのもいいし、菅田将暉がアイドル路線かと思ったら割と曲も声も好きだったし、ヒゲ男も良かったし、ミセスグリーンアップルもよかったし、とりあえずウマーベラスをめっちゃ聴いている。

テレビよりいまはApple Musicと穂村弘と短歌とサッカーがあれば割と楽しい。

そんな風に劇的な変わった1週間。

BBAになるときは、新しいものを取り入れようとしなくなったとき。

あー危なかった。

Apple Musicありがとうありがとう!

音楽のBBA化はひとまず安心だが、あらゆる面でBBA化と直面するのだろう。

恐怖しかない。

BBA化との戦いは続いていく。

飽くなき好奇心を、持ち続ける。

それに尽きる。

 

 

 

 

忘れちゃったじゃん!

いま、私は空前の短歌ブームの最中にいる。

身の回りに起きること、目に入ること全てを三十一文字にまとめたくなる病にかかっている。

もはや、病である。

朝の満員電車で電車が揺れてコツンと当たるたびに不快そう振り返るおっさんも、

ちらりと見てしまったLINEの画面で方言で喋るお兄さんも、

そのお兄さんのスマホの画面のポップアップ広告がAGAだったことも、

週刊新潮の下世話な中吊りも、

窓から見えるタワマン群も、

前を歩くお兄さんの香水の奥の生乾き臭も。

 

外に出て1時間も経たないうちに、沢山の言葉がぶわーっと広がってくる。

今まで、思ったり感じたりしても、素通りしていたことが全て短歌になる気がして、もぞもぞする。

買いたてのおもちゃで遊ぶ子供である。

 

穂村弘さんのエッセイで、穂村さんは短歌というスイッチがあるから、嬉しい日も悲しい日も大丈夫みたいなこと書いてたけど、なるほどなぁ。と思う日々なのである。

全てが短歌になりそうな気がするもんね。

そして、その事象を三十一文字に削ぎ落としてくんだもんな。なんかイケそうな気がしてくる。

無敵感ある。

でも、実際詠もうとすると、無力感しかないんだけど。

そんな穂村さんのエッセイは、あー、わかるぅうううの連続で、とても楽しい。

そして、凡人の私の感性には計り知れない気もするし、わたしもちゃんと言語化しなきゃと思わせたりする。

感じたことを言葉にするのは難しい。

言葉で考えているはずなのに、脳みその中は何をベースに考えているんだろう。

快、不快のような感覚だけで生きているわけではないのに。

言葉をベースに考えてるはずなのに、なんか言葉にまとまらない。

きっと、みんな色んなことを感じながら生きているのに言葉にしないんだろうと思うし、できないんだと思う。

思ったことを言葉にしていくのは難しい。

 

 

一瞬ブワーーーっと、表現が浮かんでくることがある。でも、遠くの救急車の音とか、そのときすれ違った人の靴の色とか、目の前のサラリーマンのイヤホンのケーブルの結び目ぐっちゃぐちゃだな!なんかが邪魔して、アレ?忘れちゃっ たな。なんだっけな。すげーいいの浮かんだのに!!!となる。

忘れちゃうくらいだから、大したことないんだろうけど。

だから、最近はiPhoneのメモに殴り書くことにしているけど、もしかしたら邪魔してきたものの方がいい歌になるかもしれないよね。

忘れちゃうくらいだから、大したことないよねって思ってることも、忘れることがもったいなくて困る。

なんて、欲張りかつ節操のないことを考えている。