東向きの家
東向の家に住んで、16年も経つ。
16年も同じ家に住むとは思わなかった。
大学を出て、働いて。
それだけだ。
人生に大きな変化はなかった。
この家に誰かが棲み着くこともなかった。
長期この家を離れることもなかった。
大金持ちになることもなかった。
なんという平坦な人生だろう。
出会いも別れもあったけれど。
本当に好きな人なんていなかったかもしれない。
この家に住んだころに生まれた従姉妹の子供は、たいそう頭の良い高校生になっていた。
16年かけて作ったおもちゃ箱のようなこの家は、充電器に似ている。
私専用の、充電器だ。
私は朝、充電器から外に出る。
考えて、働いて、すり減って、夜に帰ってくる。
同じように自分の作ったご飯を食べて、冷たいビールを飲んで、熱いお茶を飲む。
家に帰れば私だけのWi-Fiが飛んでいて、軽々と掴むことができるのだ。
好きな本、好きな匂い、好きな食べ物、好きなお茶、好きなコーヒー、好きなテレビ、好きなインク、好きな万年筆、好きな紙、1人の時間、車の音、サイレン、冷蔵庫のモーター音、洗濯の音、部屋の匂い。
そんなものをたくさん掴みながら、いま私は充電をしている。
私と同じ型番のヒトがいて、同じ充電器を使えるとしたら、私はその人とケッコンするのかもしれない。
モバブーを2台で分け合って充電したら、充電速度が遅くなる。
それより、コンセントから2人同時に急速充電できた方がいい。
充電の電気のキャパシティは大きい方がいい。
慎ましやかにモバブーを分け合ったら、きっと倒れてしまう日がくる。
まことしやかにそう語っているけれど、私はまだ、その電気の名前を知らない。
そして、1人で西向きの玄関から出て行く。